胸骨が無い息子。

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昨年の秋に産まれ、生後6か月を迎える息子には胸骨が無い。

正確には『胸骨が裂けて出来上がるような骨のカケラが見える』らしい。
…正直、何度MRIやCTの画像を見せてもらってもよくわからない。想像がつかない。

でも、説明を聞けば聞くほど思うのは、こんな珍しい体でも、お腹の中で一生懸命に育ち、元気に産声を上げて産まれてきてくれた息子には、とても感謝している。お腹の中で10か月間、1人で頑張ってくれてありがとう。すごいね。 

2017年秋 息子誕生

息子は産まれてそのままNICUに入った。
私が出産したのが総合病院だったのが幸い。すぐに小児科医が来てくれて、出来うる検査をしてくれた。命の危険は無いか、母子同室が可能か、見極めるためのNICUだった。

NICUへは2日間入った。私はその間、2時間おきにカス程度しか出ない母乳を運んだ。ほんっっとに最初はカス程度しか出なかった。こんなの意味あるのかって空しい気持ちしかなかった。いくら絞っても母乳は出ないし、息子は胸骨無いし、まだ生きるか死ぬか分からない状況だし、毎日泣いた。

看護師さんに『カス程度しか出なくて〜ハハハ〜』なんて言うと、初乳は免疫がたっぷりあるから、カス程度でも舐めさせるだけで違うんだよ!ちゃんと届けてママ偉いよ!と励まされた。その言葉に、また泣いた。

ちなみに入院中の6日間、毎日泣いた。
シャワー中は特に泣いた。水の音にかき消され、思い切り泣けた。

入院3日目から母子同室が許可され、やっと息子は私の元へ来た。可愛かった。同時に、新米ママが本格的にスタートした。

退院。そして大学病院へ

予定通り6日目で退院。退院の日、小児科医師から、さらに大きな大学病院への紹介状を貰った。そして、その小児科医師から「私は見たことのない、かなり珍しい体の状態です」とお話を受けた。貰った診断書には『先天性胸骨欠損』と書いてあった。

2週間後。その紹介状を手に、まだ生後1か月にも満たない息子を連れて大学病院へ行った。大学病院へ入った瞬間、こんな大きな病院に来なくてはいけない体で産んでしまったことの後悔と申し訳なさで、その日は1日中涙目だった。

大学病院では小児科の中の内分泌という科で診察を受けた。胸骨の問題の他に、首元に血管腫といわれるものもあった。小児科医師から、とりあえず胸骨の状態を診る検査をしてみましょうという話を受け、別日に日帰り入院でCT撮影、血液検査の予約を取った。初日では何も詳しい情報は得られなかった。少し残念だった。

それから、検査のために受診→検査結果を聞くために受診→さらにMRI検査→検査結果を聞くために受診→さらに造影剤使ってのMRI検査→検査結果を聞くための受診と繰り返した。分かったことといえば『極めて珍しい病気ゆえ症例が少ない』ということくらい。そうしているうちに季節は冬になった。

 

度重なる検査に、先行きが見えない不安。それでも元気な息子の姿に励まされた。君が元気なら何でもいい。ほんと、これだけが救いだった。 

そんな、とある日帰りの検査入院の日。朝一で病院行って、終わった頃には外は真っ暗。帰り道、もうすぐ19時になろうとしていたけど、夜ご飯を買いにと寄ったスーパー。幼い息子をカートに乗せようとしていたら、近くを通ったおばさんに『こんな時間に赤ちゃん…』とボソッと言われたことがあった。来たくてこんな時間に来てない。たしかに夜ご飯用意していなかった私が悪いかもしれない。わざわざスーパーに寄らなくてもいいかもしれない。でも少しの息抜きに買い物がしたかった。周りの目が気になりながらも、夕食の惣菜を選び、そそくさスーパーを出た。なんでこんな思いしなきゃいけないんだ。くそー。家に着いて玄関入った瞬間、また泣いた。

 

病名はPHACE症候群と胸骨裂

やっと一通りの検査が終わった頃には年末が目前だった。そして、複数の検査結果を元に、医師から『PHACE症候群(フェイス症候群)』と『胸骨裂』と病名が告げられた。

PHACE症候群という病気には複数の症状があり、その中で当てはまるものが多くあったことで病名決まった。その複数の症状の中で息子は『首元の血管腫』と『脳血管の狭窄と蛇行』が当てはまった。そして、過去のPHACE症候群の患者で『胸骨裂』をもって生まれた子の症例報告があったと医師からお話を受けた。

病名が分かると、血管腫は小児科内分泌科、胸骨裂は新たに小児外科で診てもらうことになった。1カ月後に内分泌科、そして新たに小児外科の予約をとった。

また1カ月待たなければいけないのかと、少し気が遠くなった。しかし、病名が分かったことは大きかった。やっと何かに属すことが出来、肩書きをもらった気分だった。

病名が分かり、すぐインターネットで検索した。

血管腫については多くの情報を得ることが出来た。医師も言っていたけど、生後6カ月をピークに徐々に衰退していくことが多いらしい。血管腫という病気は毛細血管の異常な増殖というのが、私には分かりやすい理解の仕方だった。見た目は赤く、固まりがあったり、赤みが広がっていったり。血管腫と一言で言っても見た目や部位は人それぞれあるらしい。息子の場合は、首元から顎にかけて赤みが延び、胸骨が無い部分にまで広がってきていた。

胸骨裂については、検索してもろくな情報は得られなかった。この情報化社会にインターネットで検索しても、ろくな情報がない。インターネットで検索すれば、だいたいのことは何でも分かる時代じゃなかったのか。検索してヒットしたものといえば、医師が書いた文献のようなものや、専門用語の多いものばかり。しかも古い。専門用語ばかりの情報は理解が難しい部分が多かった。

 

はじめての小児外科

病名が分かってから1カ月、大学病院受診の日。はじめての小児外科。
診察室に入ると若い医師が1名いた。ひと通り診察をすると、教授を呼んでくるので、待合室でお待ちください。と一旦待合室に戻った。そしてまた呼ばれ、診察室に入ると、教授と呼ばれる60歳位の男性医師が椅子に座り、その脇に若い医師が2名立っていた。(白い巨塔のようだ…)

教授先生は、息子の体を診察すると『私も初めて診ました。教科書にしか載っていないレベルの病気ですのでね』と。そして若い医師が、私も診てよろしいかと聞いた。教授先生は『診せてもらいなさい』と若い医師に。なにこのやりとり・・・(笑)物珍しいから、勉強になるよ。的な?と感じてしまうやりとりだった。(先生ごめんなさい)

これまでも大学病院で検査の際には、医師が3〜4人集まって診てくれた。息子の担当医は『内分泌チーム』だった。そう、チーム。研究や治療をするチーム。だから、どうしても私は、息子は研究材料として見られている、と感じてしまうことが多かった。勝手な被害妄想かもしれない。大学病院はそうゆう所らしい。でも大きな病院だからこそ沢山の医師や情報が集まっているので得られる情報は多く、より専門的になる。さらには大学病院ともなると様々な研究がされていると聞く。他の病院では得られない情報も多いはず。なおかつ、沢山の医師の目で診てもらえる環境は、息子の体にとってはとても良いことだと思った。

はじめての小児外科の受診は、そんな教授先生の診察で終わった。言われた事はやっぱり『珍しい』『症例が少ない』『手術が必要か否か見ていく必要がある』ということ。しかしその中でも『今、きちんと身長・体重が増えているので、命の危険は無さそうですね』と言われたことは嬉しかった。やっと、医師から命の安全を言葉として聞くことが出来たから。

 

現在と今後

それから大学病院へは月1回程度のペースで通院している。
先日の受診では、今年胸骨の手術をする方向で考えていきましょうとお話を受けた。

いま命の危険はない。しかし、胸骨が無い部分の皮膚の下は、大きい血管が通り、心臓が骨に覆われていない部分が少しある。皮膚のすぐ下に心臓があるということ。心臓脱というらしい。なにより胸骨が無い部分は、呼吸をする度に膨らんだり、凹んだりする。他人の目を引く。

手術をするなら、幼い今が、肋骨や肋骨と繋がる軟骨も柔らかくて良いらしい。さらには今なら、幼いがゆえ、手術に対する恐怖心が無い。記憶も残らない。怖い思いをさせない。

しかし、なにせ過去の症例報告が少ない。情報も古い。手術法、それに伴う合併症、メリット・デメリット、リスク、手術に耐えられる息子の体力、これら全てを考慮しながら手術に最適な時期を考えていかなければならない。とお話を頂いた。それ以上具体的なお話は今はもらっていない。

「1歳までに手術を」と先生は言う。
しかし息子は今、生きる上で命の危険は無い。それなのに、全身麻酔で体にメスを入れて手術をするほうが、命を危険に晒すような気がしてならない。でも、幼いうちに手術をすることが息子の為になるのなら・・・!と思いもある。きっと、手術が無事に終わるまで、この葛藤は消えないだろう。

ちなみに乳幼児検診や予防接種は近所の小児科で受けている。
検診では診察前の前室で、おむつ1枚にする。そこには、同じく検診を受ける子供やママがいる。おむつ1枚になった息子の体は、あまり見せびらかしたくはない。

先日の検診時。同じく検診を受ける赤ちゃんとお母さん、そして4歳くらいのお姉ちゃんと前室で一緒になった。お母さんは、足をバタバタ動かす息子を見て「元気ですねー何ヶ月ですかー?」と声をかけてくれた。そしてお姉ちゃんに「男の子かわいいねー」と言った。すると、お姉ちゃんが首元の血管腫に気づいたのだろう、お母さんに寄ってって『ママ・・・ここ(自分の首元を指差し)赤い…』と小声で一言。

小声・・・聞こえてますよーー!!笑
お母さんは「湿疹かな?」と言っていた。私もハハハ~って受け流してその場は終わった。血管腫を見つけたってことは、呼吸をするたび膨らんだり凹んだりする胸も見たよね・・・っとなんだか一人で落ち込んだ。

私は息子を裸にする場面になると、どうしても隠したくなる。病気自体を隠すつもりはないのだけど、どうしても、裸になる場面に出くわすと、タオルをかけたり服で覆ったり、または端っこに寄って自分の体で見えない様にしたくなる。隠すつもりはないのに、いざとなると隠すように振舞ってしまう。こんな自分が嫌だ。

 

何も変じゃない、不幸じゃない。ぜんぶ個性

どこへ行って誰に話しても、誰も知らない病気。
息子の話をすると、みんな「ふ~~ん」って言葉を詰まらせてしまうことが多い。

はじめは、うっぷん晴らしがしたくて、児童館や支援センターに行っては、話せそうなママやスタッフを見つけると「うちの子大学病院通ってて~」てなんて話してみたりもした。

でもみんな、大学病院って聞くと反応に困ってしまう様子だった。私も、余計なこと話さなければ良かった・・・と何回も反省した。

何1つ、体に問題のない子供を持つ親御さんからすれば、うちの息子は「普通じゃない」に分類されるのかもしれない。第三者からみて違和感を感じることが「普通じゃない」ことらしい。でも、その「普通じゃない」って「個性」だと思う。太っている、痩せている、髪の毛が長い、短い、目が大きい、小さい、胸骨が無い、全部同じ。個性。

大学病院の小児科へ行くと、様々な個性を持った子ども達が待合室にいる。だからなのか、最近では大学病院へ行くと変に落ち着く。たぶん、私自身が偏見の塊なんだと思う。誰よりも人目を気にして、誰よりも普通じゃないことを嫌っている。そう思う。大学病院へ行けば、息子は「普通」になれるような気がするんだと思う。でも本来、大学病院は行きたくない場所。みんなが望む日常を過ごす場所ではない。

出産して6ヶ月が経とうとしているけど、最近やっと、その場その場の人との付き合い方を身につけられるようになってきたと感じる。出産後から、胸骨が無いのは個性個性と自ら言っておきながら、最近になってやっと、自分が息子の体を「個性」として受け入れることが出来るようになってきたと思う。ほんと最近ね。だから大学病院に居ても、街に居ても、どこにいても、胸骨が無いことは息子の個性。誰も持っていない息子だけの個性。何も悪いことじゃない。不幸でもない。

 

息子が産まれて、病気が発覚したとき、私のお母さんがこんなことを言ってくれた。

「今、この子がすがれるのは、あなたたち親しかいないんだからね」

また、私が、息子が将来、体のことでイジメにあったり、嫌な思いをするんじゃないかと考え込んでいたら、友人がこんなことを言ってくれた。

「たしかに嫌な思いするかもしれないけど、そんなの気にしない友達もいっぱいできるから大丈夫だよ!!」

「自分の体のことで悩むかもしれないけど、こんなに親に思われて、みんなから可愛がられてるんだから幸せだ!って事は知ってほしい!!」

この3つ、ほんと泣けた。

 

最後に

こんな長々と書いて、自分でも何を言いたいのかさっぱり分からなくなってきたので、とりあえず最後に言いたいことをまとめます。

息子の病気「胸骨裂」は極めて珍しいそうです。いま日本に同じ病気の子や患者さんがいるのか、いたらどんな治療をしているのか、ママや家族はどんな気持ちなのか、知りたくてこの記事を書きました。何か情報あったら教えてもらえると嬉しいです。

また、同じ病気ではなくても、珍しい病気の子を持つママと、少しでも気持ちを分かりあえたら嬉しいです。

今後、何か書きたいことや進展があったら、また書きます。
長々と駄文になってしまってますが、読んでいただきありがとうございます。

最後に・・・

 

息子、愛してるぜ!!!